ブラピが演じたということで、ビーンは記者から映画の質問ばかり受けるようになったという。ブラピがビーンの自宅にお忍びでやってきた時は、近所中がブラピ目撃情報でもちきりになったのだそうだ。ビーンいわく、ブラピはとても頭の切れる、謙虚な人らしい。
ファンとのサイン会や写真撮影に笑顔で応じるビリー・ビーン |
映画に描かれているように、短気だと聞いていたので、少し緊張してインタビューに望んだのだが、会ってみると驚くほど物腰が柔らかく、質問にも飾ることなく丁寧に応えてくれた。
よく誤解されるのだが、ビーンの功績は、データや統計を用いる理論を発案したことではない。セイバーメトリクスと呼ばれる理論は、1970年代から存在し、統計好きの野球ファンの間ではよく知られていたのだが、保守的なスポーツ界では敬遠されがちだった。
ビーンが優れているのは、自分が元選手であるのにも関わらず、野球界の「常識」やムラ文化に縛られない発想を採用し、それを組織内で徹底させた経営手腕である。
ビーンとアスレチックスは、既存のアイデアを用いてマーケットにイノベーションをもたらしたという点で、故スティーブ・ジョブズやアップルに似ている。(アスレチックスがシリコンバレーのそばにあるというのも興味深い)
どうしてチームの建て直しがうまくいったと思うかと聞くと、ビーンは必要に迫られての結果だと述べた。ヤンキースやレッドソックスのような資金力のあるチームと同じような選手を狙っていては、アスレチックスは絶対に勝てない。大企業と同じ製品やサービスを提供しようとしていたのでは、中小企業がつぶれてしまうのと一緒である。
もしアスレチックが新しいやり方を試して負けても、失うものはない。期待通りの結果で終わるだけ。勝てば儲け物である。「ある意味、何にでも挑戦できるという状況は強み」だとビーンはいう。
運良く当時のチームには、自由な発想ができる若いスタッフが何人もいたので、彼らにチャンスを与えたのだそうだ。プロ野球経験のない、大学をでたばかりの無名の若者の考えが、スカウトよりも正しいと信じる判断力と決断力。自身は数学が苦手だというビーンは、「そのためにボクはすごく頭のいい人たちを雇うんだ。ボクはそれを信じるだけさ」と笑顔で語った。
今のスポーツ界は、10年前だったらゴールドマンサックスに就職していたであろう、アイビーリーグやビジネススクール出身の人材を採用するようになった。プロアスリートではない優秀な若者が、スポーツに進出するチャンスなのだとビーンは言う。
映画の原作となった同タイトルの本が出版されたのが2003年。もうセイバーメトリクスを取り入れていないメジャーのチームはおそらくないだろう。みんなが同じような評価システムを取り入れている現在の状況では、以前のように資金力のないチームが長期に渡って勝ち続けるのはメジャーリーグでは難しくなっているとビーンは分析する。既に彼は、統計分析が野球ほど進んでいないサッカーに目をつけている。
「マネー・ボール」を書いた著名作家のマイケル・ルイスは、アスレチックスのオフィスに突然やってきて、ビーンたちが何をしているのか知っているから、チームに帯同させろと言ったそうだ。
オークランドの近くに住むルイスがアスレチックスのことを聞きつけなかったら、ビーンが彼の取材を拒否していたら、もしくはルイスがチームに張り付いていた2002年に、アスレチックスがプレーオフに進出していなかったら、果たして野球界はどうなっていたのだろうか。