自己紹介

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米カリフォルニア州オレンジ郡を拠点に、英語と日本語の両方で記事を書く数少ないジャーナリスト。 アメリカの現地新聞社で、政治や経済、司法、スポーツなどあらゆる分野の記事を取材・執筆。 2012年には、住宅バブル崩壊が南カリフォルニア住民に与えた影響を調査した記事で、カリフォルニア新聞経営者協会の経済報道賞を受賞。2017年には、ディズニーや開発業者が行った政治献金を明るみに出した記事で、オレンジ郡記者団協会の調査報道賞を受賞。 大谷翔平の大リーグ移籍後は、米メディアで唯一の日本人番記者を務める。

2010年6月25日

私が払います

「ペイ・フォワード」という映画がある。

主人公の少年が学校の授業で、「世界を変えるために何ができるか」という課題を出され、あるアイデアを思いつく。それは自分が受けた親切や優しさを、その相手にではなく、別の三人の誰かに返して善意の輪を広げていくというもの。「ペイ・バック」ではなく、「ペイ・フォワード」である。

この間、オフィスの近くにあるサブウェイに昼食を買いに行き、注文の途中で財布を忘れてきたことに気づいた。「オフィスに財布を取りに帰るから、サンドイッチをとっておいてくれませんか」と店員さんに頼んだところ、ちょうどレジで会計を終えた30代くらいの女性が、「彼の分も私が払うわ」と言い出した。

驚いたボクは、「オフィスがすぐ近くだから、いいですよ」と遠慮したが、彼女はカードを取り出してさっと支払いを済ませてしまった。ボクが熱心に感謝を述べると、その女性は、「いいのよ、他の誰かに渡してあげて(pass it on)」と言い、早足で出口に向かった。何とか彼女の名前がキャシーであるということは聞き出すことができた。

報道部に移ってからというもの、やれ何が欲しいとか、誰々のせいで生活が苦しいなどといった不満ばかりを耳にする。そんな毎日に正直うんざりしかけていただけに、今回のことは新鮮な体験だった。見返りを求めない親切心からは、もらったもの以上の幸せを感じることができる。

ペイ・フォワードは善意を渡す相手が、それを更に広めてくれるという信頼のもとに成り立つ。連鎖を断ち切らないためにも、キャシーの笑顔を忘れてはいけない。

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2010年6月10日

13歳でエベレストに登った少年

選挙から一夜明け、今日は朝からビッグベア湖に向かった。五月に、史上最年少でエベレスト登頂に成功した、ジョーダン・ロメロ君(13)の帰省祝賀会の取材である。

ビッグベア湖は、ロサンゼルスのダウンタウンから、車で東に2時間ほど走ったところにあるリゾート地。海抜2100メートルに位置するため、高地トレーニングを行うアスリートも多い。


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まずは、ジョーダン君の通う地元の中学校でのサプライズ集会へ。現れたのは、帽子をエロかぶりした、一見どこにでもいそうな中学生。しかし、有名になった同級生を前にして、悲鳴をあげ失神寸前の女の子も。登山のスライドショーを見た後、短い質問タイムもあったが、さすがは中学生、馬鹿らしい質問が飛び交った。



場所を移して、スキー場の頂上にあるロッジで記者会見が行われた。夏にリフトに乗って眺めるビッグベア湖も悪くない。会見前には、エベレスト登頂にちなんで、ネパール料理が振舞われた。


ジョーダン君は、小学校の廊下にあった七大大陸最高峰の絵を見て、その全てを登ってみたいと父親に話したのをきっかけに登山を始めた。冒険家である父親のポール・ロメロ氏は、9歳の息子が一週間かけてそれぞれの山について調べあげたのに感心し、「じゃあ家に帰って始めるか」とだけ言ったという。

それからわずか四年間で、キリマンジェロに始まり、6大陸の最高峰を制した。今年の12月には南極のヴィンソン・マシフに挑戦して、七大大陸制覇の夢を実現する予定だという。



まだ13歳の子供に無茶をさせすぎだという批判もあるが、ポールさんは「13という数字にほとんど意味はない。ジョーダンの肉体は、ボクの知っているほとんどの大人の登山家よりも、ずっと優れている」と反論した。

実際にジョーダン君は、エベレスト登頂に向け、中学校を休学して肉体改造と高地トレーニングに励んだ。ポールさんと彼のガールフレンドは、エベレスト登頂成功の一年前に現地に下調べに訪れて、綿密な計画を練ったという。また、ポールさんの話では、ジョーダン君はビデオゲームや炭酸飲料、ファーストフードには手をつけたことがないらしい。

ジョーダン君は、将来はアクションスポーツに挑戦するんじゃないかとポールさんは言っていたが、こんなに若くして夢を実現してしまった13歳の少年は、この次どんな目標を抱くのであろうか。

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2010年6月9日

民主主義とジャーナリズム

火曜日に州の予備選挙が行われ、司法関連ということで、ボクはサンバーナディーノ郡の地方検事と裁判官選挙を担当した。

普段は注目を浴びることのない裁判官選挙だが、今回は、不適切な発言で波紋を呼んだロバート・リムコー裁判官が、再選を狙うということで、大きな波紋を呼んだ。対抗馬のジェームズ・ホスキング検察官は、巧みにこの悲劇を利用し、メディアに積極的に露出して知名度を上げた。それに対してリムコーは、事件をすっぱ抜いたうちの新聞に対して不信感を募らせていたため、独占インタビューをとるのにボクもかなり奔走する羽目となった。

新聞には締め切りがあるため、早い時間の開票速報をもとに記事を書かざるをえない。午後10時半の時点では、ホスキングが大きくリード。思っていた以上に人々の怒りは大きかったようだ。

初めて選挙を取材して感じたことを二つ。

1)人々はギャング、汚職や犯罪者に対して最も嫌悪感を示す
地方検事選では、現職のマイケル・ラモスが大きくリード。サンバーナディー郡で起きた、カリフォルニア史上最悪と言われる汚職事件を公訴したことは、ラモスにとって追い風になった。彼は選挙キャンペーンで、ギャングの取り締まり、汚職の追及と被害者権利の保護を強く打ち出していた。インターネット記事の読者コメント欄では、ギャングや政治家、犯罪者(もしくはそうだと疑われている者)に対して容赦ない罵声が浴びせられる。

2)民主主義は恐ろしい
何も民主主義に反対という訳ではない。しかし、選挙結果を見ていて、人々が価値観や論理ではなく、一時の感情や目先の利益にとらわれて投票していると、改めて思った。

不況の原因を政治家や投資銀行家に押し付け、メディアのセンセーショナルな報道に惑わされて、とにかく現職を引きずりおろすことに血眼になる。公立学校に問題があると訴える一方、増税には何が何でも反対。父親が息子と心中自殺したのを、一人の裁判官のせいにして、家庭裁判所の崩壊には目を向けずに、彼をひきずりおろすことで解決しようとする。

民主主義が機能するか否かは、選挙人が適切な判断を下す知識や能力があるかにかかっている。人々がブログや偏ったソースから情報を得る今の時代にこそ、優れた報道が必要とされる。ジャーナリズムと民主主義は切っても切れない存在なのだ。

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