自己紹介

自分の写真
米カリフォルニア州オレンジ郡を拠点に、英語と日本語の両方で記事を書く数少ないジャーナリスト。 アメリカの現地新聞社で、政治や経済、司法、スポーツなどあらゆる分野の記事を取材・執筆。 2012年には、住宅バブル崩壊が南カリフォルニア住民に与えた影響を調査した記事で、カリフォルニア新聞経営者協会の経済報道賞を受賞。2017年には、ディズニーや開発業者が行った政治献金を明るみに出した記事で、オレンジ郡記者団協会の調査報道賞を受賞。 大谷翔平の大リーグ移籍後は、米メディアで唯一の日本人番記者を務める。

2013年10月22日

新しいスタート

12日間の結婚式旅行から戻ってきた。

ホノルルのビーチで式を挙げ、ハワイ島に飛んで数日間のハニームーンを楽しんだ後、日本で二次会を開いた。僕が途中で体調を崩し、ほとんど観光する暇もなく、さすがに奥さんと二人でグッタリしたが、ようやく一段落ついた気がする。

結婚式というのは、ドレスやタキシードを着て浮かれた気分になったり、一瞬の幸せを噛み締めたりする場というよりは、むしろ大切な人たちの前で、これからの長い夫婦生活に対する決意を表明する場なのだと考えていたが、それは間違いではなかった。

今のボクの幸せがあるのも、これまで出会ってきた人々のおかげなのだと感じられた旅だった。

このエントリーをはてなブックマークに追加

2013年8月25日

ザッポス

ハワイでの結婚式で履く靴が届いた。アロハシャツに合わせるので、クロックスでも十分。堅苦しい式は性に合わない。

Zapposで靴や服を注文すると、一年間は返品が可能なので、サイズを気にせず手軽に注文できる。お客さんを神のように扱う日本で、なぜこうしたサービスが出てこないのだろうか。

このエントリーをはてなブックマークに追加

2013年8月3日

誕生日にドッキリ

今日は、ボスの誕生日を祝うため、オフィスでフラッシュモブを決行した。

彼がいつも仕事中に聞いている「Never Gonna Give You Up」という、いかにも80年代な曲を各自で密かに練習し、突然みんなで歌い出した。前日に思いついたアイディアにしては上出来で、ボスも涙を浮かべて喜んでくれた。



ボクの指導する高校生インターンの撮ってくれた動画


こういうイベントは結果いかんよりも、企画の段階が楽しい。昨日は、仕事中にグループチャットを通じて、みんなで笑いをこらえながら案を練った。

アメリカの職場では、日本のように仕事後にみんなで居酒屋に繰り出すという習慣がない。うちのオフィスも、仕事が終わった者から順々に帰宅していく。プライベートの時間を自由に使えるのは嬉しいが、大学時代にコールの飛び交う飲み会を通じて仲間と絆を深めていった身としては、寂しくも感じる。

ボクが働き始めてから約5ヶ月の間、同僚と飲みに行ったのはたったの1回だけ。それも結局なんだかんだみんな理由をつけて脱落し、5人しか集まらなかった。

今回のフラッシュモブは、そんな同僚たちとの距離を一気に縮めてくれた。

このエントリーをはてなブックマークに追加

2013年5月18日

廊下にあふれる新顔

オレンジ・カウンティ・レジスター本社の廊下を歩いていると、新しく雇われた社員の顔写真が目に飛び込んでくる。久しぶりに本社に立ち寄ったら、僕の写真もちゃんと貼られていた。

レジスター報道局の廊下に張り出された新社員の写真。最初は中央の額の中だけだったのが、増えすぎてしまったのだという。
僕の写真は、目立つ角に貼られていた。坊主にした直後に撮られてしまったので、余計に若く見える。
親会社が多額の借金と不況のあおりを受けて破産したレジスターは、昨年の7月に39歳の投資家、アーロン・クシュナー氏に買収された。グリーティングカードのビジネスで財を築いたクシュナー氏は、新聞業界の常識をくつがえす戦略で、レジスターの復興に取り組んでいる。

その一つが報道、つまりは製品への投資だ。レジスターはこの一年未満で、報道局だけでなんと100人以上もの記者やカメラマン、デザイナーを雇い、業界で注目を浴びている

新聞離れは、何もインターネットの普及だけが原因ではない。市民のニーズに応えるようなコンテツを提供してこなかったジャーナリスト側にも問題がある。それに加えて記者の削減は、新聞の質の低下を招いた。一時は380人に達したレジスターの報道局も、10年間で180人にまで減った。これでは購読者を失っても仕方がない。

他では得られない質の高い情報を提供すれば、読者はお金を払ってくれるというシンプルな発想に基づいて、今のレジスターは運営されている。ジャーナリズムにお金をかけてくれる新聞で働きたいと、レジスターには全米から記者たちが集まるようになった。

他紙の記者と話をすると、レジスターが膨れ上がった人件費を補うだけの収入を得られるのかという疑問の声を耳にすることも多い。でも彼らも、ジャーナリストとしては、僕らの取り組みが成功してほしいと心の底では願っているようだ。

このエントリーをはてなブックマークに追加

2013年2月22日

転職と引越し

突然の報告になってしまうが、月曜日から新しい新聞社で働き始めた。

実は昨年の十月に、高校と大学で同級生だった日本人女性と入籍し、彼女が仕事に就きやすい環境を求めて、ビクタービルを離れる決意をした。

新しい職場は、オレンジ・カウンティ・レジスター (OCR) というオレンジ郡の大手日刊紙。オレンジ郡はロサンゼルス郡に隣接し、日本人や他のアジア人が多く住む。

僕は、郡の南部に位置するランチョ・サンタ・マルガリータという市の担当記者として雇われた。OCRの本社はサンタアナにあるが、僕は普段はレイクフォーレストにある南部オフィスで働く。

五年間勤めたデイリープレスを離れるのは寂しいが、小さな新聞でやれることはやりきったという思いはある。

他紙がコスト削減に躍起になり、インターネット戦略に精力をつぎ込む中、OCRはたくさんのジャーナリストを雇い、「紙」製品の品質向上に投資する道を選んだため、業界から注目を浴びている。新聞の救世主になるかもしれない取り組みに関われることに、今からワクワクしている。



このエントリーをはてなブックマークに追加

2012年12月21日

愛を伝えよう



近くの高校に出向いて、ティーネイジャー間のドメスティック・バイオレンス(DV)について学生たちの本音を聞いてきた。二年前に、被害者にインタビューしてDV関連の記事を何本か書いたのがきっかけで、地元の非営利団体とつながりができ、先週も被害者を保護するシェルターを訪れた。

日本ではDVが家庭内暴力と訳されることからも、夫婦間の問題だと考える人が多いが、恋人間でも同じような虐待は起こる。DVでは、一方が相手を独占したいという気持ちを愛情として押し付けることで、パートナーを支配しようとする。恋人が異性と仲良く話しているのを見て嫉妬し、やめるように促したり、暴力を振るったりするのはその典型だ。ありのままの相手を尊重し合える関係が健常なのだと、DVのカウンセラーはいう。

初めてこの問題を取材した時、自分にも加害者行動で思い当たるふしがあり、罪悪感が湧いた。でも問題に気づけたことは、その後の恋愛に役立った。気づき(英語ではawareness) 、そして素直に認めることが問題解決の出発点だ。

今朝の取材では、高校生たちと椅子を円に並べて座り、ディスカッションを行った。

アメリカ人のティーネイジャーたちは、日本人の同世代に比べて、恋愛観が発達している。もちろん個人差はある。それでも、多くの学生は自分たちの恋愛感情や関係を、親や友達にオープンに話す。校内を見渡しても、あちこちでカップルが手をつないだり、キスをしたりしている。ボディーランゲージや言葉で感情をストレートに表現して、たくさんの恋愛を重ねることで成長するのだろう。

今回のディスカッションに参加してくれたクラスでは、「I love you」を意味する手話を使って、クラスメートに「あなたのことを想っています」と伝える決まりになっている。恥ずかしそうに自分の恋愛の失敗談について話す男の子に、クラスメートたちが手話サインを送って励ます光景は、まるで映画のワンシーンだった。

好きな人に愛情を伝えることの大切さを、アメリカで暮らすうちに学んだ。

このエントリーをはてなブックマークに追加

2012年12月17日

いまだにガイジン扱いの外国人選手


スポーツ新聞のプロ野球記事を読んでいると、ボクが日本にいた7年ほど前と、日本人の国際感覚がさほど変わっていないのだと感じてしまう。


今も昔も、日本でプレイする外国人選手たちは、「助っ人」と呼ばれる。この表現は、彼らがチームの正式メンバーではない、一時的な存在であることをほのめかす。会社でいうところの「ハケン」のようなものだ。

日本に住む外国人の友人たちは、日本人は親切だけど、彼・彼女たちをいつまでもお客さん扱いして、日本人と同じようには扱ってくれないと口にする。見た目や生まれ育った環境が違っていては、どんなに努力しても「日本人」にはなれないということなのだろう。

アメリカでイチロー選手が助っ人などと呼ばれることはない。日本人だろうが、あくまでヤンキースの一員として扱われる。ボクもアジア人が一人だけの今の職場で、よそ者扱いされたことはない。同僚たちと対等の一記者である。

正直言うと、ボクもアメリカに来た当初は、自身を含めた米国外からやってきた移民や他国籍の人間を、米国籍の人間とは別のカテゴリーとして無意識のうちに区分していた。日本で生まれ育ったことで、そうした感覚が染み付いていた。でも、他国で生まれ育ったことに興味をしめしつつも、お客さん扱いをしないアメリカ人の姿勢に徐々に慣れてきた。

日本人の通念を崩すためにも、まずは「助っ人」という呼び方をやめてはどうだろうか。

このエントリーをはてなブックマークに追加