自己紹介

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米カリフォルニア州オレンジ郡を拠点に、英語と日本語の両方で記事を書く数少ないジャーナリスト。 アメリカの現地新聞社で、政治や経済、司法、スポーツなどあらゆる分野の記事を取材・執筆。 2012年には、住宅バブル崩壊が南カリフォルニア住民に与えた影響を調査した記事で、カリフォルニア新聞経営者協会の経済報道賞を受賞。2017年には、ディズニーや開発業者が行った政治献金を明るみに出した記事で、オレンジ郡記者団協会の調査報道賞を受賞。 大谷翔平の大リーグ移籍後は、米メディアで唯一の日本人番記者を務める。

2011年7月24日

忘れられたヤンキー

ニューヨークタイムズが井川慶選手の特集記事を掲載した。

日本球界でMVPと沢村賞、それにシーズン最多奪三振を三度記録した井川選手は、2007年にニューヨーク・ヤンキースに移籍。ヤンキースは2600万ドルを払って交渉権を獲得し、5年2000万ドルの契約を結んだ。しかし、制球難と被本塁打に苦しみ、2008年にマイナーに降格して以来、メジャーのマウンドには立っていない。

高額契約もネックになって、他球団からのオファーは途絶え、ヤンキースのトリプルAとダブルAを行ったり来たりしている。若い有望投手がどんどんメジャーに上がっていく中、32歳の日本人左腕は、トリプルA級スクラントンの通算勝利数や他の個人記録を塗りかえてきたが、それがメジャー昇格につながることはないと、キャッシュマンGMは断言した。

同GMは、井川選手のこの5年間を「災難だった。我々は失敗した」と振り返ったと、タイムズの記事は伝えている。「教訓は、日本人のピッチャーには気をつけなければならないということだ」とキャッシュマン氏は述べた。

辛辣なニューヨークのファンやメディアの間では、伊良部選手と並んで、井川選手を心ないジョークのネタにする者も多い。それでもメジャーという夢を諦めない井川選手を、タイムズの記者は、冷静な観察とインタビューを交えて紹介している。

アメリカに住んで数年になるが、未だに英語は片言。マイナーリーグでも、チームメイトやスタッフとの会話のほとんどは、ヤンキースの用意した専属の通訳を介して行う。プライベートについてはほとんど明かさない。スタジアムへはマンハッタンのアパートから、通訳の運転するレキサスで2時間以上かけて通勤。チームメイトの誰よりも早くアップを始めるのだという。

周りの人間は井川選手の辛い気持ちを気遣ってはいるが、本人は後悔はないと言う。不満や感情を見せないのは、いかにも日本人らしいと言ってしまえばそれまでだが、心の中では複雑な思いが渦巻いているはず。

スポーツのドラマはフィールドの上にだけあるのではない。

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