試合後、マリナーズのロッカールームでは、ケン・グリフィー・ジュニアを中心としたチームメイトたちが、イチローにビールを浴びせて祝福した。
しかし、ある日本の記事では、シアトルタイムズ紙の記事を引用して、この記録に対する米国での評価が非常に冷めていることを伝えている。数日前にヤンキースのデレク・ジーターが、鉄人ルー・ゲーリッグの持つ球団記録を破った時の熱狂と比べると、ほとんど注目を集めていないというのだ。
この指摘は残念ながら当たっている。ニューヨークとシアトルではマーケットの規模が違う上、ファン層が地元中心のマリナーズに対して、ヤンキースはその歴史と伝統ゆえ、全米にファンを持つ。ましてジーターはメジャーリーグの顔ともいえる存在。いくらイチローが日本のスターといえど、扱いが異なるのは仕方がない話ではある。スポーツ専門局ESPNのニュース番組でも、ジーターの記録達成が冒頭で扱われたのに対し、イチローの200本安打は試合結果と一緒にわずかに触れられただけだった。
数十人もの日本人記者が、イチローの一挙一動を追う様子を不思議に感じているアメリカ人は多い。マリナーズの試合と練習を見学に出かけたあるマイナーリーグ選手に、印象に残ったことを聞いたら、「バッティングケージからダッグアウトに戻ってくるイチローを、5人のカメラマンが囲んでいた」ことだという答えが返ってきた。
このことについて、シアトルタイムズ紙でマリナーズ番記者を務めるジェフ・ベイカーが興味深いブログを書いていたので紹介する。ベイカー記者は前述のシアトルタイムズ紙の記事を書いた人物でもあり、以前マリナーズの取材で会ったことがある。試合中も常に更新を続ける熱心なブロガーだった。
彼は9月11日のブログで、日本人の熱狂ぶりに対して悪意をむき出しにした発言をするアメリカ人に警鐘を鳴らした。好奇心を持って見るだけならまだしも、インターネットなどで敵意や人種偏見に満ちた書き込みがされているのだ。
カナダ出身のベイカーは、自国選手がアメリカ人相手に活躍することがどれだけ誇らしいことかを理解できると述べている。イチローの偉業はまさにアメリカンドリームであり、日本人は彼の成功をわが事のように感じているのであって、それに腹を立てる理由はない。まして、日本人がこれだけ騒ぐのは、アメリカのベースボールに敬意を払っているからに他ならない。
「ダッグアウトにバットを取りに行くイチローを追う日本人記者たちが、足やカメラのケーブルにつまづくのを見て、私たちは笑ってしまうだろうが、同時に強いプライドを感じずにはいられない」
同時多発テロの起きたこの日に、イチローの記録への挑戦は、アメリカ人にこれとない機会を与えてくれるのだとベイカーは言う。60年ほど前まで残酷な戦争をしていた二つの国が、51の背番号を通じてつながる。そこでは国境や文化の違いなど消えてなくなる。「違いのもたらす結果が悲惨な現実となったこの悲しい日に、イチローの挑戦は、我々がしがみつける希望を与えてくれるのだ」と彼は締めくくった。
イチローの大リーグでの挑戦が、アメリカ人の中で単なるスポーツの域を超えてとらえられた時、イチローが真の意味でスーパースターになるのかもしれない。
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