報道部での初日は、複数の目覚ましのおかげで朝6時に起床。こんなに早く起きたのはいつ以来だろう、なんてことを言ったら、企業人に怒られてしまうに違いない。
一番乗りでオフィスに着いたが、報道部のドアが開いていないのでしばらく待つはめとなった。
直属の上司となる編集長のドン(いかにもボスらしい名前)が出勤してくるなり、昨晩、近くの山中で起きた、父と子の心中他殺事件を取材するぞと言われる。警察の公式発表によると、男性が共同監護権を持つ4歳の息子とともに、ガードレールに突っ込み、その後に拳銃で息子と自分を撃ったとのこと。
一週間ほど前にも同じような事件があったので、真似をしたのではないかと思われる。
こっちは自分用の机さえ決まっていない状況で、はっきり言って何をしていいのかさっぱりである。一足先に報道部へ移っていたベテランのデーブがオフィスに残って電話で取材をし、ボクとドンは裁判所に行って、事件の父親が関わった裁判の書類に、使える情報がないかを調べることになった。
ドンから裁判所担当になるかもしれないと聞かされていたが、正直、自分の法律や裁判の知識は小学生並みである。記憶が定かなら、日米合わせて、裁判所というものには、一度しか行ったことがない。しかもそれは、友達が交通違反のキップを払うのに連れ添っただけ。小学生の頃くらいに、将来弁護士になりたいかもという、淡い想いを抱いたこともあったが、それはNBA選手になるという無謀な夢によってかき消された。
ドラマや映画でさえ裁判ものは小難しくて苦手だというのに、現実世界の裁判など取材できるのかという不安が大半を占める一方、これまで知らなかった世界に飛び込めるというワクワク感も少なからずある。ドン曰く、裁判所の担当は人脈が全てだというので、取材力を磨くにはもってこいという見方もできる。
裁判書類から必要な情報を書き取った後は、ドンが裁判所の中を案内してくれた。彼は以前、ロサンゼルスの大手紙で裁判所担当の記者をしていたので、裁判取材には人一倍思い入れがある。普段は口数が少ないのに、この時ばかりは熱く取材のコツについて語り始めた。有力な検事を廊下で見かけた時は、二人そろってトイレの中まで付いていき、用を足しながら会話にこぎつけ、自己紹介をした。
ようやくオフィスに戻ったと思ったら、今度はデーブとカメラマンと一緒に、裁判書類に記載されていた家族の住所にインタビューに行くことになった。胸がつぶれる思いをしている家族に話を聞かなくてはならないのが記者の辛いところだ。
記載されていた住所は、一軒は別の住人が住んでいて、もう一軒は荒廃した空家になっていた。近隣住民に聞き取り取材を行い、事件の家族についてびっくりするような情報を得ることができ、記事の内容は思わぬ方向へと向かった。
オフィスに帰って、デーブとドンと三人でミーティングを行い、話の筋を確認し合った。ボクは裁判所で得たメモを文章にして、本文を執筆するデーブに渡し、今度はインターネット検索で得た番号に片っ端から電話して、最後の事実確認。
報道部での初記事が、尊敬するデーブとの連名なのは嬉しい。
始業から終業までほとんど休息なしと、初日とは思えない充実度。いっぺんに色々な情報が入ってきたので、緊張しっぱなしだったけど、これぞ取材という経験ができた。警察が公表していない話を、インターネットや公文書、インタビューで得た点の情報をつないで明らかにしていくのは、まるで探偵の仕事。
スポーツ記者とは、また違った楽しさがある。