自己紹介

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米カリフォルニア州オレンジ郡を拠点に、英語と日本語の両方で記事を書く数少ないジャーナリスト。 アメリカの現地新聞社で、政治や経済、司法、スポーツなどあらゆる分野の記事を取材・執筆。 2012年には、住宅バブル崩壊が南カリフォルニア住民に与えた影響を調査した記事で、カリフォルニア新聞経営者協会の経済報道賞を受賞。2017年には、ディズニーや開発業者が行った政治献金を明るみに出した記事で、オレンジ郡記者団協会の調査報道賞を受賞。 大谷翔平の大リーグ移籍後は、米メディアで唯一の日本人番記者を務める。

2010年2月16日

諦めちゃダメだ

報道に移ってから一週間が経った。

正直言うと、新しいことのオンパレードで、ストレスが溜まって食欲がなくなり、少し痩せた。裁判という未知の世界に放り込まれ、しかも英語。特に最初の数日間は、不思議の国のアリス状態だった。まるで、スタートラインがどこだかすら分かっていないランナーである。

毎日、1,2本の一般ニュース記事を書きながら、裁判関連の取材をしなくちゃいけないので、時間がいくらあっても足りない。残業は原則禁止なので、仕方なく家に帰って、仕事の続きや翌日の準備をする。起きている間は常に仕事のことを考えていた。

本当に自分に裁判担当など務まるのかと、何度思い悩んだことか。

しかしよく考えてみると、ボクの感じているストレスというのは、失敗することでプライドや自信が傷つけられることへの恐怖や、他人の評価を気にする自意識から来ている。周りにどう見られるかよりも、記事を書き上げる達成感や、全く新しい分野への挑戦で湧いてくるワクワク感を味わうべきだと、週末に自分に言い聞かせた。

実際、ストレスが溜まる一方、充実感も大きい一週間だった。大学でジャーナリズムを専攻したわけじゃない自分は、報道記事の書き方に関してはまるで素人。読者がどんな情報に関心があるのかという、ニュース価値の判断も慣れていない。編集長のドンが記事を校閲するのを、横に張り付いて観察する日々が続いている。自分は真っ白なキャンバスで、そこに少しずつ絵を描いている感覚に近い。

今の仕事では日本語が話せること、日本で育ったことは、何のプラスにもならない。むしろ英語が母国語でないこと、アメリカで育っていないことは大きなハンデ。しかも大学院に入るまで、記者になるなど微塵にも思ったことはない。高校野球部に、スポーツをやったことがない素人が入部したようなもの。

これまで自分は比較的楽な道を選んできた。だからこそ、自らチャンスに飛び込んだ今回は、諦めずにやり遂げたい。

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